2016年08月29日

クレメント篤子さん

今回の旅は、踊りの講習や腕を磨くためのものでなく、スコティッシュ・カントリー・ダンス

が生まれ、育まれた土地を訪れ、見て、触れるすばらしい旅。これまでいろいろ述べてきた。

そろそろ締めくくろう。最後に感謝をこめて、クレメント篤子さんにお礼をいいたい。


僕は初対面。名前だけは前から何となく知っていたが、ご縁がない。たまたま、お声

掛けていただいたスコットランドの旅で、案内役がクレメント篤子さんだった。


スコティッシュ・カントリー・ダンスの故郷をたくさん見せてくれた。地元のグループのパー

ティーにも誘っていただき、体験させてくれた。普通のツアーでは絶対できないだろう。


彼女はスコットランドの歴史に詳しい。折衝も現地なまりの力強い?語学力であたって

くれ、頼もしい限り。食事も日本人離れ、けっして残さない。すっかりスコット人だ。


とにかく、スーパーレディー。それでいてサービス精神旺盛で、気遣いの人である。

篤子さんのお陰で、多くの収穫とよい体験をさせてもらった。ありがとうございました。


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2016年08月27日

ミリタリータトゥー

今回の旅の目玉は、ミリタリータトゥーの見学だった。チケット入手が大変だった

そうだ。それより僕は不覚にも、ミリタリータトゥーを全く知らなかった!タトゥーは、

刺青を連想するが、このタトゥーは「軍隊の帰営ラッパ」ことだと説明を受けた。


もともと、心が沈みかけたスコットランド国民を勇壮なラッパ行進で鼓舞しようと

始まり、今では世界中から見物に訪れるワールドクラスのイベントになった。


エディンバラ城の前広場には、左右にかなりの高さの仮設の観覧席を作られ、

スコットランドを始め、各国から参加した軍楽隊が次々見事なパレードを披露する。


銃をアクロバチックに回しながら、行進する兵士たち。キルト姿のバクパイプの男

たちの音楽に合わせ、ハイランドダンスを踊る娘たちの群舞。1時間30分近く、演奏、

パレード、パフォーマンス、歌、ダンスが繰り広げられ、興奮する。


最後には、出演者全員が登場し、フィナーレの演奏や合唱をおこない、エディンバラ城

の背後には、何連発も花火が打上げられ、夜空に大輪の花が咲く。結構、感動します。


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2016年08月26日

エディンバラ

スコテッシュ・カントリー・ダンスのゆかりの地を訪ねる旅は、毎日感じること、衝撃を

受けることが多過ぎて書ききれない。でも、やっとエディンバラにたどり着いた。人口が

わずか49万人の小都市だが、街は半端ではない。歴史と文化の香りがムンムンしてくる。


代々、スコットランド王が住み、イギリス連邦になった今も、英国王の居城があるので、

もう街の格式が全然違う。エディンバラの代名詞、エディンバラ城は岩山の上にそびえ、

街が世界遺産になっている。


ちょうど8月の国際フェスティバルの時期だった。ダンス、音楽、演劇、オペラが街中の

至る所で開かれ、お祭りは1か月続く。世界中から観光客が押し寄せている。エディンバラ

はパリ、ウィーンと並んで、芸術・文化の世界三大都市と呼ばれているそうだ。


市内は安全、安心の街だし、見所、遊びどころがいっぱい。エディンバラ城では、毎日

恒例の大砲を撃つ儀式を見たし、篤子さんには、ラファエロ、ダビンチ、ルーベンス、モネ、

セザンヌ等々の名画を展示した、地元のスコットランド国立美術館を案内してもらった。


そういえば、グラスゴーでも、ケルビングローブ美術館のダリの絵や、建築家のマッキン

トッシュがデザインした「HOUSE FOR AN ART LOVER」を見せてくれた。

クレメント篤子さんは踊りだけでなく、きっと絵も芸術も大好きなのだ。


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2016年08月25日

すばらしいオマケがあった

旅の最後はエディンバラ。その途中、篤子さんは、珍しい場所に案内してくれた。

一つはロバート・オーエンが経営した紡績工場。世界遺産である。彼の名前は、

イギリスの社会思想家、協働組合運動の創始者として中学校の世界史で習ったね。


当時は、産業革命時代。イギリスの労働状況はひどかったらしい。子供も深夜まで

働かせられ、学校も行けなかった。心を痛めた経営者オーエンは、ニューラナーク村

にある自らの工場内に労働者用の住居や学校を作り、労働者たちの生活改善に努めた。


紡績工場、工員の住居棟、学校の一群は保存され、社会学習のテーマパークとして、

また日本の富岡製糸場のような歴史遺産として、勉強と観光の名所になっている。


もう一つは、映画「ダビンチコード」の最後のシーンに登場した教会ロスリンチャペル

も見れた。内部には、22の国宝級?の彫刻が施され、こんな田舎のロスリン村に

なぜ、建てられたのか、現地でもちょっとミステリーらしい。今や世界中の人が訪れている。


スコットランド35年在住のクレメント篤子さんのおかげで、普通の観光では見れない、場所

を見ることができた。とてもラッキー。明日はいよいよ、エディンバラだ。


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2016年08月23日

スコテッシュ・カントリー・ダンスの生まれた場所

今回の旅はスコットランドの南部、グラスゴー、エディンバラを中心にしたイングランドに近い

地域だった。このあたりは、北のハイランドに対し、ローランド(低い陸地)と呼ぶそうだ。


そういえば、道路から見える山は木がなく、どれも低く、女性的。大きな丘と言う感じ。

山を下れば、道も徐々に下り始め、草原が広がる。低地に水がチョロチョロ流れ、これが

グラスゴーまで旅をし、大西洋に流れ込む。この小川がクライド川の水源だそうだ。驚いた。


スコットランドでは、幹線道路の途中に幾つか村がある。道路沿い、その背後に瀟洒な

家並みが広がり、小さな集落が形成されていた。日本の農村風景とかなり違う。畑が

見えず、村の周りに草原があり、羊や馬、牛が放牧され、明るく、開放的なイメージだ。


スコテッシュ・カントリー・ダンスの物語りは、大都会や大河、王様や祖国の英雄を称えた

ものだけでなく、こうした誇りにする我が村、羊の牧草地、いつも眺めている山や谷など、

身近な風景を題材に作られているのも多いのではないかと、この旅で感じた。
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2016年08月22日

ダウントン・アビーの世界

NHKで放送された「ダウントン・アビー華麗な英国貴族の館」と言うイギリスのドラマ

をごらんになった方はいらっしゃるでしょうか。僕はまったく知らず、旅行中、教えてもらった。

スコテッシュ・カントリー・ダンスをやっている方たちは、さすが結構、見ていた。


スコットランドにも、貴族や領主の館は残っていて、今も末裔の方が住んでいる。僕らは、

名高い、アーガイル公爵の「インヴァレーリー城」や「ダンフリーズハウス」を見学し、

桁違いの偉容さ、内装の豪華さに驚かされた。宮殿生活をまねた「ミニ版だなあ、きっと」


そして一番の楽しみは、その館に泊まり、一日貴族の暮らしを体験できることだった。

僕らはオルガスにある「フライアースカース」マナーハウスに泊まった。


石造りのお城、立派な内装に調度品。宿泊した部屋からは広々とした敷地がずっと

続いている。野ウサギが跳ねていた。


貴族たちのディナーは贅沢だった。晩餐後、別室(ドローィングルームと呼ぶそうだ)に

席を移し、食後のティーを楽しんだ。上流社会の作法の一端に触れることができた。


この館は、誰もが知っている、アニーローリーが嫁いだ一族。彼女はスコットランド民謡

「アニーローリー」のモデルになった実在の女性で、評判の美女だったとか。こんな貴重

なホテルに泊まれたのも、クレメント篤子さんのお陰。感謝だ!


帰りの飛行機は英国航空。早速、未だ見ていなかった「ダウントン・アビーのシリーズ」を

見た。現地で貴族暮らしの気持ちが少し味わえたせいか、「ダウントン・アビー」の世界が

ちょっと身近に感じられた。

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2016年08月21日

ロバート・バーンズの足跡(そくせき)を訪ねる

聞くところ、毎年1月25日前後、例会で「バーンズ・ナイト」として、伝統料理ハギスを食べ、

詩の朗読を行い、「蛍の光」を合唱して、ロバート・バーンズの誕生日を祝っているサークルが

あるそうだ。それほど彼は、スコテッシュ・カントリー・ダンスの愛好者にはなじみ深いみたい。


一体、ロバート・バーンズは何者か?スコットランドでは国民的詩人と呼ばれ、スコットランド

民謡、「蛍の光」に歌詞を付けた。スコットランド人なら、誰もが知っているらしい偉大な人物。


だから旅のプランには、バーンズの足跡のたどる一日があった。先ず、グラスゴーの南西部、

エアシャーの生家を見学し、彼の最高傑作と言われる「タム・オ・シャンター」に登場する、

魔女たちが踊った教会や、主人公タムが魔女から逃げ、渡ったブリガドゥーン橋を見る。


彼の一生は短い。29歳のとき、エリスランドの農場を購入し、妻と一緒に農作業に従事

する一方、詩作や「蛍の光」の歌詞づくりに取り組んだ。記念の遺品が残っていた。


ところが、暮らしが楽にならず、晩年ダンフリースという町に移り、37歳で亡くなった。

ダンフリースには今でも家族が住んでいた家が一般公開され、外国からも見学に訪れる。


お墓もある。当初、貧しい共同墓地だったが、スコットランド国民の代表にふさわしいお墓を

造ろうと、世界中から義援金を募り、建立し直され、今では白亜の立派な、ものに変わった。


こうしてロバート・バーンズの足跡をたどり、ゆかりの地を一日かけ、スコットランド南西部を

巡ったが、一方、彼が妻の外、4人の女性に子供がいたと知って、整理できない自分がいる。
posted by 管理人 at 01:28| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | フォークダンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

イギリスと日本の、国民性の違い

今回のスコットランドの旅をして、日本の国民性、気質がよく見えた。旅はたまたま、

リオ・オリンピック開催と重なった。体操団体や水泳の結果がとても気になった。


だからホテルに滞在中はテレビを点けっぱなし。こちらはイギリス選手の活躍しか

伝えないので、日本のメダルの状況が分からず、少しストレスがあった。


日本に帰国してびっくり。テレビの全チャンネルで24時間、リオの状況を流している。

国民は日本選手の活躍に一喜一憂。ところが、イギリスではBBC放送ぐらいしか流さず、

それも、ごくわずかな時間。イギリス国民はそれほど、リオに関心がないらしい。


スコットランドでもグラスゴー、エディンバラ、そしてレストランでも、パブでもオリンピック

の話題はあまり耳にしなかった。この国民性の違い、なんなんだろう。イギリスの金メダルは

日本を上回っているのに・・・。逆に日本国民のフィ−バーの方がチト異常かな?



posted by 管理人 at 00:48| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | フォークダンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月18日

本場でしか体験できないこと

ブランチ主催のサマーダンスパーティー参加は、今回の旅に大きなテーマだった。皆さん

楽しく踊れるように事前に勉強されていたし、当日は、きちっと正装し、出席された。

地元の人は形式ばったものでなく、気軽な服装。仲間同士、誘い合って踊っていた。


踊り方も、それほど杓子定規でなく、隣のラインの人とハイタッチしたり、手拍子

したり・・と微笑ましかった。日本の人たちは、少し悲壮感が漂っていたが、あちらの

方はワイワイ、ガヤガヤ、笑いが絶えない雰囲気だった。


日本のスコテッシュ・カントリー・ダンスは1曲終われば、パートナーをかえて、踊るとか。


クレメンス篤子さんのお話しではこちらでは、もともと社交の踊り。そこで知り合ったり、

親密になることが目的なので、グループ内で楽しみ、グループ内の人とパートナーチェンジ

するとか。踊りオンリーの日本とは背景が違うようだ。


今回参加された日本の愛好者たちは、本場のパーティーに参加して頭や肌で感じたことが

沢山ありそうだ。またとない経験をされた。きっとこれから踊りは変わってくるに違いない。

posted by 管理人 at 23:40| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | フォークダンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

サマーダンス・パーティー

今回、一度だけグラスゴーに近い、大西洋に面した町、トゥルーンでダンス・パーティー

があった。エア州のブランチが主催したサマーダンス会というそうだ。


会場は公共施設だろうか?小学校の体育館をコンパクトにした場所で、正面にステージ、

2階に観客席、ダンスは1階のフロアで踊る。ステージには、アコーディオン奏者など

ミュージシャンが3人。それと進行する? 踊りを説明する?女性が1人いた。


会場内は老々男女でぎっしり。キルト姿の男性が数人いたが、ほとんど、ラフな服装だった。

あまりステップにこだわっている風でなく、中には速足で歩いているおじいさんもいた。


僕は2階で見ていたが、こちらの人たちは、仲間たちと踊りを心から楽しんでいたように

見えた。日本でも、あんなふうに気軽に遊び、パーティーを楽しめればいいな!


posted by 管理人 at 20:46| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | フォークダンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする